医療関係民事、刑事判例・ノート
 
                  大阪弁護士会所属
                       弁護士 五 右 衛 門
・・・・・・・・・・・未整理分
独自療法の医師に賠償命令
がん治療、説明義務違反
 十分な説明もないまま健康食品などによる独自のがん治療で適切な治療の機会を奪われたとして、がんで死亡した2女性の遺族が、クリニックの医師や妻の経営する健康食品会社に計約7500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は23日、医師らに約5200万円の賠償を命じた。
 
 判決理由で佐藤陽一裁判長は「医師の用いる『新免疫療法』は独自の方法で、一般的に普及しているがん治療方法とはいえない」と指摘。「まず一般的な方法を説明する必要があり、その上で、自分の奏功率データが一般の治療効果の奏功率とは大きく異なる可能性があることを説明する義務があったのに怠った」と判断した。(共同通信)
・・・・・・・・・
H17. 7.12 京都地方裁判所 平成14年(ワ)第1178号,平成15年(ワ)第928号 損害賠償請求事件
 受任者である医療機関ないし医師は,診療契約上の債務ないしこれに付随する債務として,患者の治療に支障が生じる場合を除き,委任者である患者に対し,診療の内容,経過及び結果を報告する義務があるといえ,このことから,委任者である患者について医療事故が起こった場合,委任者である患者に対し,医療事故の原因を調査し,報告する義務があるといえる。
(2) 原告Aの請求
    本件医療事故発生後の被告らの対応(前記1(1)イ)によれば,そもそも塩化カルシウム注射液が蕁麻疹に対して効能・効果を有しないことや,コンクライト−Caが静脈注射による使用を予定していない薬剤であることは,極めて単純な調査で直ちに判明する事柄であり,被告仁心会は,本件医療事故後間もなく,この事実を認識していたと推認できるところ,平成13年3月の京都府宇治保健所に対する報告や,同年4月の京都府医師会医療事故担当係あての医療事故報告書においても全く上記の点に触れることなく,原告らに対する説明も,平成13年4月10日付けの原告Bに対する書面(甲18)においても,被告Dが指示を妥当であるとしており,被告Eも指示どおりの医療行為を行った旨述べていることが記載されており,本件医療事故の事故原因の説明・報告としては誠意あるものとは到底いえない。
    そして,被告仁心会は,本件医療事故から約2年10か月経過した平成15年11月13日になって,初めて,塩化カルシウムが蕁麻疹を適応症例として認めていない薬剤であることを認めるに至ったものである。
    以上によれば,被告仁心会が,原告Aに対して,本件医療事故について,事故原因の調査・報告義務を怠ったといえる。
    原告Aは,被告仁心会の上記義務懈怠により相当の精神的苦痛を被ったと認められ(弁論の全趣旨),これに対する慰謝料としては100万円が相当である。
  (3) 原告B及び原告Cの請求
原告B及び原告Cは,前記(1)のとおり,原告Aの法定代理人として,実際上,被告仁心会から前記報告を受ける立場にあるものというべきであるが,被告仁心会の前記調査・報告義務は,診療契約に付随する義務として,契約の相手方である原告Aに対して負うものであり,直接の契約関係にない原告B及び原告Cに対して負うものではない(原告B及び原告Cに対して適切な報告がなされなかった事実は,前記(2)のとおり原告Aに対する債務不履行の問題として検討したところである。)。
・・・・・・・・
目次
・ 医療方法選択・自己決定権侵害−慰謝料(民事)
・ 期待権侵害−慰謝料(民事)
 
掲載予定
・ 死亡との因果関係立証困難な場合、業務上過失傷害での立件−因果関係(刑事)
岡山地裁昭和55年5月30日判決
・ Sudden infant death syndrome 乳幼児急死症候群−注意義務(刑事)
東京地裁昭和54年1月12日判決
・ 信頼の原則−注意義務(刑事)
札幌高裁昭和51年3月18日判決
・ 静脈注射と診療補助業務−行政解釈−(刑事)
 
 
医療方法選択・自己決定権侵害−慰謝料(民事)
 
・ 医療方法選択の権限
最高裁平成12年2月29日第三小法廷判決
−−医師が
−−患者が宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有し
−−輸血を伴わないで肝臓の腫瘍を摘出する手術を受けることができるものと期待して入院したことを知っており
−−右手術の際に輸血を必要とする事態が生ずる可能性があることを認識したにもかかわらず、ほかに救命手段がない事態に至った場合には輸血するとの方針を採っていることを説明しない
−−右手術を施行し、患者に輸血をしたなど判示の事実関係の下においては
−−右医師は、患者が右手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪われたこと
−−によって被った精神的苦痛を慰謝すべく不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
・ 当面の留意事項
−−医師の治療方法選択についての裁量権限も、患者の自己決定権限の枠内か。
−−上記判示からすれば、射程距離は、患者の「明示された、強い(固い)、意思」に反する場合に限定されるか。
 
期待権侵害−慰謝料(民事)
 
・ 医療水準に達しない医療行為
最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54/7/2574
−−疾病のため死亡した患者の医療行為にあたった医師の医療行為が、過失により
−−当時の医療水準にかなったものでなかった場合において
−−右医療行為と患者の死亡との間の因果関係は証明されないけれども
−−医療水準にかなった医療がおこなわれていたならば
−−患者が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される
 ときは
−−医師は患者に対し・・・不法行為による損害賠償責任を負う。
  
・ 今後の課題
−−慰謝料金額の算定基準・・不明・・今後の課題
−−慰謝料以外の損害賠償責任についても・・不明・・今後の課題
−−患者が死亡せず、重大な障害受けた場合・・不明・・今後の課題
・ 関連問題
−−医師以外の、委任型役務提供専門職への適用の肯否
−−弁護士の不当訴訟活動についての慰謝料支払い義務肯定判例
−−−−平成4年4月28日東京地裁判決・判例時報1469/106
・ 当面の留意事項
−−医師は、診察治療にあたり、その当時の医学水準に適した診察、医療が求められるか。
−−となると、少なくとも、その担当する診療科目についての医学会の動向や医学会の診察治療水準を自ら維持、保持しておく必要があるか。
−−となると、担当する診療科目について、学会や医師会に所属して、各種の情報を取得し得る体勢や環境に自らをおいて置く必要があるか。
−−自らが医学水準に適する知識、知見を保持していないというおそれがある場合には、速やかに、医学水準を保持する医療機関への転院指導ないし必要な措置をとる必要があるか=このような意味での転院措置義務もあるか。