債務者死亡(限定承認)を理由とする根抵当確定と確定時の被担保債権
 
               大阪弁護士会所属
                   弁護士  五 右 衛 門
 
 事例
 銀行から金員を借り受けたA氏は、B信用保証協会と保証委託契約を締結し、銀行借り入れ金員について保証をしてもらった。
 Aが死亡し、その後、唯一の相続人であるCは限定承認をした。民法398条の8の2項所定の相続に関する合意はされていない。
 A死亡の後に、Bは代位弁済をした。
 Bの代位弁済による求償請求権は、根抵当権により担保されるのか。
 なお、保証委託契約書には、Aの死亡を停止条件とする事前求償権の定めはなかったものとする。
 
問題
 
1 上記事例の場合、民法398条の8の2項所定の相続に関する合意はされていないことから、本件根抵当権は、同条4項により、相続開始時に確定されたものとみなされる。
 
2 本件確定根抵当権により担保される債務は、同条2項により「相続開始の時に存する債務」に限定される。
 
3 従って、A死亡後に、Bにより代位弁済されたことによる求償権は、本件確定した根抵当権により担保されないこととなる。
 
4 この被担保債権の範囲について、
イ 貞家・清水著・新根抵当法(金融財政事情研究会)65頁には、次のような基礎債がある。
「確定の時点において、まだ具体的に発生していないものであっても、将来発生することが予定されている債権としてすでに特定のものとなっているものは、ここにいう確定した元本に含まれると解すべきである。
 たとえば、保証人の求償権を担保する根抵当権の場合において、確定全に保証契約が締結されていれば、その保証人の求償権は、保証債務の履行がされていなくても、将来発生することが予定されている債権として特定のものとなっているから、確定した元本に含まれるし・・・・・・当該根抵当権の被担保債権の範囲に属するものである限り、特定の将来の債権として、確定した元本に含まれると介すべきである」予定されている 」
ロ また、新注釈民法680頁にも、下記のような記載がある。
  「確定の時点ですでに発生していることを要せず、将来の債権、条件付債権、それが生ずる原因たる事実がすでに生じておればよい」 
 
5 上記4記載の二説は、立法担当者ないし民法の有力ないし多数学者によるものであるが、いずれも、「債権の現存性の問題」、「債権の特定の問題」及び「根抵当権設定契約における被担保債権の範囲についての合意」という三つの点を混在させ、あるいは混同させているもので、不当である。
(確定時期)
 債務者が死亡し、相続人との間で相続にする合意がなされなかった場合には、債務者が死亡したときに、元本が確定する。
(被担保債権の範囲、属性など)
 確定する被担保債権は、「相続開始の時に存する債務」に限定されることは法文上明らかであり、債務者死亡時に、「発生していない、存在していない」求償権その他の請求権が確定元本に含まれないことは明々白々である。
 従って、本事例のような場合には、Bの代位弁済による求償請求権は担保されないこととなる。
 但し、保証委託契約において、「債務者が死亡した場合には、Bの代位弁済による求償請求権について、事前行使できる。即ち、債務者の死亡を停止条件とした求償権の事前請求が認められている場合には、債務者死亡時に、求償請求権が存在していたこととなり、確定元本に含まれることとなるのである。
 
6 本件については、立法担当者ないし民法の有力ないし多数学者により、いずれも、「債権の現存性の問題」、「債権の特定の問題」及び「根抵当権設定契約における被担保債権の範囲についての合意」という三つの点を混在させ、あるいは混同させて、保証委託契約上の被担保債権の範囲という点から被担保債権に含まれていない事前求償請求権を被担保債権として取り込もうとする誤りを犯すものであって、明らかに法解釈の範囲を逸脱しているものであり、不当である。
 
7 保証委託契約において、債務者の死亡を停止条件とする求償権の事前請求権を被担保債権として合意しておけば、なんらの問題も生じないものである。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
民法
(根抵当権)
398条の2
  抵当権は、設定行為で定めるところにより、一定の範囲に属する不特定の債権を極度額の限度において担保するためにも設定することができる。
2  前項の規定による抵当権(以下「根抵当権」という。)の担保すべき不特定の債権の範囲は、債務者との特定の継続的取引契約によって生ずるものその他債務者との一定の種類の取引によって生ずるものに限定して、定めなければならない。
3  特定の原因に基づいて債務者との間に継続して生ずる債権又は手形上若しくは小切手上の請求権は、前項の規定にかかわらず、根抵当権の担保すべき債権とすることができる。
 
(根抵当権の被担保債権の範囲)
398条の3
  根抵当権者は、確定した元本並びに利息その他の定期金及び債務の不履行によって生じた損害の賠償の全部について、極度額を限度として、その根抵当権を行使することができる。
2  債務者との取引によらないで取得する手形上又は小切手上の請求権を根抵当権の担保すべき債権とした場合において、次に掲げる事由があったときは、その前に取得したものについてのみ、その根抵当権を行使することができる。ただし、その後に取得したものであっても、その事由を知らないで取得したものについては、これを行使することを妨げない。
一  債務者の支払の停止
二  債務者についての破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始又は特別清算開始の申立て
三  抵当不動産に対する競売の申立て又は滞納処分による差押え
 
(根抵当権の被担保債権の範囲及び債務者の変更)
 
398条の4
  元本の確定前においては、根抵当権の担保すべき債権の範囲の変更をすることができる。債務者の変更についても、同様とする。
2  前項の変更をするには、後順位の抵当権者その他の第三者の承諾を得ることを要しない。
3  第一項の変更について元本の確定前に登記をしなかったときは、その変更をしなかったものとみなす。
 
(根抵当権の極度額の変更)
398条の5
  根抵当権の極度額の変更は、利害関係を有する者の承諾を得なければ、することができない。
 
(根抵当権の元本確定期日の定め)
398条の6
  根抵当権の担保すべき元本については、その確定すべき期日を定め又は変更することができる。
2  第三百九十八条の四第二項の規定は、前項の場合について準用する。
3  第一項の期日は、これを定め又は変更した日から五年以内でなければならない。
4  第一項の期日の変更についてその変更前の期日より前に登記をしなかったときは、担保すべき元本は、その変更前の期日に確定する。
 
(根抵当権の被担保債権の譲渡等)
398条の7
  元本の確定前に根抵当権者から債権を取得した者は、その債権について根抵当権を行使することができない。元本の確定前に債務者のために又は債務者に代わって弁済をした者も、同様とする。
2  元本の確定前に債務の引受けがあったときは、根抵当権者は、引受人の債務について、その根抵当権を行使することができない。
3  元本の確定前に債権者又は債務者の交替による更改があったときは、その当事者は、第五百十八条の規定にかかわらず、根抵当権を更改後の債務に移すことができない。
 
(根抵当権者又は債務者の相続)
398条の8
  元本の確定前に根抵当権者について相続が開始したときは、根抵当権は、相続開始の時に存する債権のほか、相続人と根抵当権設定者との合意により定めた相続人が相続の開始後に取得する債権を担保する。
2  元本の確定前にその債務者について相続が開始したときは、根抵当権は、相続開始の時に存する債務のほか、根抵当権者と根抵当権設定者との合意により定めた相続人が相続の開始後に負担する債務を担保する。
3  第三百九十八条の四第二項の規定は、前二項の合意をする場合について準用する。4  第一項及び第二項の合意について相続の開始後六箇月以内に登記をしないときは、担保すべき元本は、相続開始の時に確定したものとみなす。
 
(根抵当権者又は債務者の合併)
398条の9
  元本の確定前に根抵当権者について合併があったときは、根抵当権は、合併の時に存する債権のほか、合併後存続する法人又は合併によって設立された法人が合併後に取得する債権を担保する。
2  元本の確定前にその債務者について合併があったときは、根抵当権は、合併の時に存する債務のほか、合併後存続する法人又は合併によって設立された法人が合併後に負担する債務を担保する。
3  前二項の場合には、根抵当権設定者は、担保すべき元本の確定を請求することができる。ただし、前項の場合において、その債務者が根抵当権設定者であるときは、この限りでない。
4  前項の規定による請求があったときは、担保すべき元本は、合併の時に確定したものとみなす。
5  第三項の規定による請求は、根抵当権設定者が合併のあったことを知った日から二週間を経過したときは、することができない。合併の日から一箇月を経過したときも、同様とする。
 
(根抵当権者又は債務者の会社分割)
398条の10
  元本の確定前に根抵当権者を分割をする会社とする分割があったときは、根抵当権は、分割の時に存する債権のほか、分割をした会社及び分割により設立された会社又は当該分割をした会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を当該会社から承継した会社が分割後に取得する債権を担保する。
2  元本の確定前にその債務者を分割をする会社とする分割があったときは、根抵当権は、分割の時に存する債務のほか、分割をした会社及び分割により設立された会社又は当該分割をした会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を当該会社から承継した会社が分割後に負担する債務を担保する。
3  前条第三項から第五項までの規定は、前二項の場合について準用する。
 
(根抵当権の処分)
398条の11
  元本の確定前においては、根抵当権者は、第三百七十六条第一項の規定による根抵当権の処分をすることができない。ただし、その根抵当権を他の債権の担保とすることを妨げない。
2  第三百七十七条第二項の規定は、前項ただし書の場合において元本の確定前にした弁済については、適用しない。
 
(根抵当権の譲渡)
398条の12
  元本の確定前においては、根抵当権者は、根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権を譲り渡すことができる。
2  根抵当権者は、その根抵当権を二個の根抵当権に分割して、その一方を前項の規定により譲り渡すことができる。この場合において、その根抵当権を目的とする権利は、譲り渡した根抵当権について消滅する。
3  前項の規定による譲渡をするには、その根抵当権を目的とする権利を有する者の承諾を得なければならない。
 
(根抵当権の一部譲渡)
398条の13
  元本の確定前においては、根抵当権者は、根抵当権設定者の承諾を得て、その根抵当権の一部譲渡(譲渡人が譲受人と根抵当権を共有するため、これを分割しないで譲り渡すことをいう。以下この節において同じ。)をすることができる。
 
(根抵当権の共有)
398条の14
  根抵当権の共有者は、それぞれその債権額の割合に応じて弁済を受ける。ただし、元本の確定前に、これと異なる割合を定め、又はある者が他の者に先立って弁済を受けるべきことを定めたときは、その定めに従う。
2  根抵当権の共有者は、他の共有者の同意を得て、第三百九十八条の十二第一項の規定によりその権利を譲り渡すことができる。
 
(抵当権の順位の譲渡又は放棄と根抵当権の譲渡又は一部譲渡)
398条の15
  抵当権の順位の譲渡又は放棄を受けた根抵当権者が、その根抵当権の譲渡又は一部譲渡をしたときは、譲受人は、その順位の譲渡又は放棄の利益を受ける。
 
(共同根抵当)
398条の16
  第三百九十二条及び第三百九十三条の規定は、根抵当権については、その設定と同時に同一の債権の担保として数個の不動産につき根抵当権が設定された旨の登記をした場合に限り、適用する。
 
(共同根抵当の変更等)
398条の17
  前条の登記がされている根抵当権の担保すべき債権の範囲、債務者若しくは極度額の変更又はその譲渡若しくは一部譲渡は、その根抵当権が設定されているすべての不動産について登記をしなければ、その効力を生じない。
2  前条の登記がされている根抵当権の担保すべき元本は、一個の不動産についてのみ確定すべき事由が生じた場合においても、確定する。
 
(累積根抵当)
398条の18
  数個の不動産につき根抵当権を有する者は、第三百九十八条の十六の場合を除き、各不動産の代価について、各極度額に至るまで優先権を行使することができる。
 
(根抵当権の元本の確定請求)
398条の19
  根抵当権設定者は、根抵当権の設定の時から三年を経過したときは、担保すべき元本の確定を請求することができる。この場合において、担保すべき元本は、その請求の時から二週間を経過することによって確定する。
2  根抵当権者は、いつでも、担保すべき元本の確定を請求することができる。この場合において、担保すべき元本は、その請求の時に確定する。
3  前二項の規定は、担保すべき元本の確定すべき期日の定めがあるときは、適用しない。
 
(根抵当権の元本の確定事由)
398条の20
  次に掲げる場合には、根抵当権の担保すべき元本は、確定する。
一  根抵当権者が抵当不動産について競売若しくは担保不動産収益執行又は第三百七十二条において準用する第三百四条の規定による差押えを申し立てたとき。ただし、競売手続若しくは担保不動産収益執行手続の開始又は差押えがあったときに限る。
二  根抵当権者が抵当不動産に対して滞納処分による差押えをしたとき。
三  根抵当権者が抵当不動産に対する競売手続の開始又は滞納処分による差押えがあったことを知った時から二週間を経過したとき。
四  債務者又は根抵当権設定者が破産手続開始の決定を受けたとき。
2  前項第三号の競売手続の開始若しくは差押え又は同項第四号の破産手続開始の決定の効力が消滅したときは、担保すべき元本は、確定しなかったものとみなす。ただし、元本が確定したものとしてその根抵当権又はこれを目的とする権利を取得した者があるときは、この限りでない。
 
(根抵当権の極度額の減額請求)
398条の21
  元本の確定後においては、根抵当権設定者は、その根抵当権の極度額を、現に存する債務の額と以後二年間に生ずべき利息その他の定期金及び債務の不履行による損害賠償の額とを加えた額に減額することを請求することができる。
2  第三百九十八条の十六の登記がされている根抵当権の極度額の減額については、前項の規定による請求は、そのうちの一個の不動産についてすれば足りる。
 
(根抵当権の消滅請求)
398条の22
  元本の確定後において現に存する債務の額が根抵当権の極度額を超えるときは、他人の債務を担保するためその根抵当権を設定した者又は抵当不動産について所有権、地上権、永小作権若しくは第三者に対抗することができる賃借権を取得した第三者は、その極度額に相当する金額を払い渡し又は供託して、その根抵当権の消滅請求をすることができる。この場合において、その払渡し又は供託は、弁済の効力を有する。
2  第三百九十八条の十六の登記がされている根抵当権は、一個の不動産について前項の消滅請求があったときは、消滅する。
3  第三百八十条及び第三百八十一条の規定は、第一項の消滅請求について準用する。