刑事控訴審における事実主張と証拠調べ請求
 
        大阪弁護士会所属
                 弁護士 五 右 衛 門    
 
 
最高裁判所昭和59年9月20日判決
理由
 弁護人嶋倉〓夫の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 所論にかんがみ、職権をもつて判断すると、記録によれば、第一審判決が被告人を罰金刑に処し、その刑の執行を猶予したため、検察官が量刑不当を理由に控訴したこと、原審において、検察官が、刑訴法三八二条の二第一項にいう「やむを得ない事由」があると主張して、第一審では取調請求していない被告人の前科調書、交通事件原票謄本四通及び交通違反経歴等に関する照会回答書の取調を請求し、原審がこれらを取り調べたことが明らかであるが、原審が右前科調書等につき、右「やむを得ない事由」の疎明があつたものと判断したのか否かは必ずしも明らかではない。
 しかしながら、右「やむを得ない事由」の疎明の有無は、控訴裁判所が同法三九三条一項但書により新たな証拠の取調を義務づけられるか否かにかかわる問題であり、同項本文は、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、第一審で取調ないし取調請求されていない新たな証拠につき、右「やむを得ない事由」の疎明がないなど同項但書の要件を欠く場合であつても、控訴裁判所が第一審判決の当否を判断するにつき必要と認めるときは裁量によつてその取調をすることができる旨定めていると解すべきであるから(最高裁昭和二六年(あ)第九二号同二七年一月一七日第一小法廷決定・刑集六巻一号一〇一頁、同昭和四二年(あ)第一二七号同年八月三一日第一小法廷決定・裁判集刑事一六四号七七頁参照)、原審が前記前科調書等を取り調べたからといつて、所論のようにこれを違法ということはできない。
 
 
刑事訴訟法381条
 刑の量定が不当であることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて刑の量定が不当であることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
 
刑事訴訟法382条
 事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
 
刑事訴訟法382条の2
 やむを得ない事由によつて第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかつた証拠によつて証明することのできる事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものは、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実以外の事実であつても、控訴趣意書にこれを援用することができる。
○2  第一審の弁論終結後判決前に生じた事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものについても、前項と同様である。
○3  前二項の場合には、控訴趣意書に、その事実を疎明する資料を添附しなければならない。第一項の場合には、やむを得ない事由によつてその証拠の取調を請求することができなかつた旨を疎明する資料をも添附しなければならない。
 
刑事訴訟法393条
 控訴裁判所は、前条の調査をするについて必要があるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調をすることができる。但し、第三百八十二条の二の疎明があつたものについては、刑の量定の不当又は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことのできない場合に限り、これを取り調べなければならない。
○2  控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる。
○3  前二項の取調は、合議体の構成員にこれをさせ、又は地方裁判所、家庭裁判所若しくは簡易裁判所の裁判官にこれを嘱託することができる。この場合には、受命裁判官及び受託裁判官は、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。
○4  第一項又は第二項の規定による取調をしたときは、検察官及び弁護人は、その結果に基いて弁論をすることができる。