強制「わいせつ」行為と行為者の傾向など
 
           大阪弁護士会所属
                弁護士 五 右 衛 門
                 
事案
千葉県柏市の路上で、歩いていた女性の顔を押さえつけ、体液をぬりつけたとして、26歳の男が警察に逮捕されました。
 暴行の疑いで逮捕されたのは、広島市・西区に住む韓国籍で自称・会社員のビョン・チャンウ(26)容疑者です。ビョン容疑者は、2014年10月、千葉県柏市内の路上で歩いていた当時30歳の女性の顔を押さえつけ、体液をぬりつけるなどした疑いがもたれています。
 警察によりますと、被害にあった女性から「体液をつけられたかもしれない」と通報があり、その後の捜査の中でビョン容疑者が浮上したということです。
 2人は面識はなく、ビョン容疑者は容疑を認めた上で、「欲求不満などから犯行に及んだ」といった趣旨の供述をしているということです。警察は余罪についても調べています。(2017/8/30日13:19)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170830-00000045-jnn-soci
 
甲南大学園田教授の見解
 これが暴行罪というのはおかしくはないか? 
 男に性的欲求を満たす意図があったならば、性的意図に突き動かされた「性犯罪」ととらえるべきであり、強制わいせつ罪として処理すべきではないか。
 
弁護士五右衛門の異論
 園田意見に反対!! 
 園田意見は、通常一般人の理解する言語、言語により感得する意味、用法を否定するものであり、これら通常一般人の言語、言語により感得する意味、用法に裏打ちされる罪刑法定主義を否定するものであり、刑法解釈の基本を逸脱するものであって、到底、容認できない。 
 解釈論に溺れ、刑法解釈の基本を忘れておられる。
 
甲南大学園田教授の反論質問
@ 「通常一般人の理解する言語、言語により感得する意味」という観点から、「わいせつ行為」を定義してください。
A その際、行為者のわいせつな目的や傾向は無視するのですよね?
B また、実際には、年間で数十件、0歳〜5歳までの乳幼児に対する「強制わいせつ罪」が検挙されていますが、先生のお考えでは、これらに強制わいせつ罪を適用することも間違っているということでしょうか?
 
弁護士五右衛門回答
質問Aについて
 行為の評価は行為者の目的,傾向を含めたすべての情報により判断すべきであることは議論するまでもないところです。
質問Bについて
 強制わいせつの罪で処罰する場合があるのは理の当然です。
質問@について
 今議論しているのは「男性の精液を女性の顔面に塗りつける行為が「わいせつ行為」に該当するか否か」という「判断の妥当性」です。定義の議論はしておりません。
 このような判断をするためには(論理的に)「わいせつの定義づけが前提となる」とのお考えであれば賛成しかねます。
 「実務的該当性判断」と「定義づけ」は,相互に影響しあって発展,進化していくものです。
 
甲南大学園田教授
 後で議論が混乱するといけませんので、事案は次のようなものとしておきます。
【事案】
 Xは、自己の性欲を満足させるという目的で、見ず知らずの女性A子の顔にいきなり自己の精液を塗りたくった。
 この場合、Xは、暴力的に、A子に対して性的嫌悪感や性的羞恥心を与え、A子の性的尊厳を害し、A子の性的自己決定権(だれと、いつ、どこで、性的接触を行うかについての決定権)などを害しているにもかかわらず、強制わいせつ罪が成立しないのはなぜでしょうか?
 客観的に「性的行為」、つまり、「わいせつ行為」ではないからでしょうか?
 そうだとすると、「性的行為」(わいせつ行為)とは何かを客観的に、つまり、行為者の性的意図や性的傾向といった主観的事情に言及せずに説明する必要があると思いますが、いかがでしょうか。
 
弁護士五右衛門
>客観的に「性的行為」、つまり、「わいせつ行為」ではないからでしょうか?
 そうでしょうね。
>そうだとすると、「性的行為」(わいせつ行為)とは何かを客観的に、つまり、行為者の性的意図や性的傾向といった主観的事情に言及せずに説明する必要があると思いますが、いかがでしょうか。
 当該行為が「わいせつ行為に該当するのか否か」とう判断は,通常一般人を判断主体とし,通常一般人の判断基準により,客観的に判断することとなりますが,その判断対象は当該行為そのものであるものの,その判断を行うについての判断資料として当該行為者の性的意図や性的傾向といった主観的事情を考慮することは当然であり,園田教授の「わいせつ行為とは何かを客観的に、つまり、行為者の性的意図や性的傾向といった主観的事情に言及せずに説明する必要がある」との論旨は,「判断という作業には,判断主体,判断行為,判断基準,判断対象,判断資料等」の諸要素の組み合わせの中で行われるものであり,客観的判断か主観的判断かは,これらの組み合わせの諸要素の中身を検討して決せられるものであることを理解しておられない不当なものだと考えています。言葉を換えれば,「客観的に判断するという場合,主観的資料を考慮してはならない」という誤ったことを前提としておられるように感じられます。
 
甲南大学園田教授
 先生が言われる、「(行為者の主観的事情を前提として)通常一般人を判断主体とし、通常一般人の判断基準により、客観的に判断する」ということならば、私見とそんなに違いがあるわけではありません。
 その上で改めてお尋ねしますが、0歳〜5歳までの乳幼児に対する「わいせつ行為」(たとえば、自己の性器を乳児の性器に押し付けるなど)について、行為者に性的意図がないと裁判所によって認定された場合には、強制わいせつ罪については無罪ということでよろしいのでしょうか?
 つまり、性的意図が認めれらないそのような行為は、強制わいせつ罪が成立するためには客観的に行為が「わいせつ」であることが必要であると先生が書かれているように、通常一般人の判断基準によれば「わいせつ行為」とは認められないのではないでしょうか?
 いや、性的意図がなくともそれは「わいせつ行為」なんだと仰るならば、その「わいせつ行為」については、どのように考えるべきなのでしょうか?
 われわれが問題にしている【事案】についても同様だと思っています。
 
 蛇足ながら、客観という言葉は、いろんな意味があって、議論が混乱する一原因です。「客観的」という言葉に代えて、(複数の主観によって共有された共通認識という意味で)できるだけ「間主観的」という言葉を使うようにした方が誤解を避ける意味では良いのかもしれません。 
 
弁護士五右衛門
>0歳〜5歳までの乳幼児に対する「わいせつ行為」(たとえば、自己の性器を乳児の性器に押し付けるなど)について、行為者に性的意図がないと裁判所によって認定された場合には、強制わいせつ罪については無罪ということでよろしいのでしょうか?
 いいえ,一片の躊躇いもなく,有罪です。
>性的意図が認めれらないそのような行為は、・・・通常一般人の判断基準によれば「わいせつ行為」とは認められないのではないでしょうか?
 とんでもないことです。一片の躊躇いもなく「わいせつ」行為です。それが社会の常識です。
>性的意図がなくともそれは「わいせつ行為」なんだと仰るならば、その「わいせつ行為」については、どのように考えるべきなのでしょうか?
 健全な社会常識を働かせば,上記行為については「わいせつ行為」であり,刑法所定の「わいせつの罪」で処罰せよという結論となるでしょう。
 「わいせつ」の定義をせよとおっしゃるのならば,既に申し上げておりますとおり,そのような定義づけの議論に興味はありません。刑法学者ないしは最高裁判所が,適宜,後付けで,定義づけをしてくれるものと思っています。
 
甲南大学園田教授
 「健全な社会常識を働かせば、上記行為については『わいせつ行為』であり、刑法所定の『わいせつの罪』で処罰せよという結論となるでしょう。」と仰っても、どうしてそうなるのかについて、先生の判断過程を検証して、どのように反論して良いのか分かりません。
 「健全な社会常識」からは有罪に決まっていると言われましても。。。困りましたねぇ。
 
弁護士五右衛門
 今回の話は,「男性の精液を女性の顔面に塗りつける行為が,刑法所定のわいせつ行為に該当するのではないか」という園田教授の「構成要件該当性肯定の判断」は,「通常一般人の理解する言語、言語により感得する意味、用法を否定するものであり、これら通常一般人の言語、言語により感得する意味、用法に裏打ちされる罪刑法定主義を否定するものであり、刑法解釈の基本を逸脱するものであって、到底、容認できないものである」という私の「実務的該当性についての価値判断」をお伝えしたものです。
 このような価値判断が正当か否か,他者と議論するには,「強制わいせつの罪の保護法益,その法益侵害可能行為の分析,構成要件として定められている「わいせつ」という用語の意味,解釈等を検討しなければならないのは当然であるものの,私はお断りしていますとおり「わいせつの定義づけ」を含む上記のような議論に参加する意思はなく,ただ,私の「実務的な構成要件該当性についての判断」,「価値判断」をお伝えするという姿勢できたものです。
 このような,いずれが正当かというような議論をしない私の意見であれば「どのように反論して良いのか分かりません・・・困りましたねぇ」ということであれば,元々園田教授を困らせるために意見表明をした訳ではありませんので,ここで本議論から撤退,逃亡させて頂きます。勉強になりました。ありがとうございました。
 
甲南大学園田教授
 こちらこそ、勉強になりました。ありがとうございました。