23日間の攻防
     その1

ー大阪・水野強法律事務所ー
 リーン リリ、リーン!!

水野強弁護士/
 「はい。水野です」

寺中剛の母/
 「先生、 剛の母です!」
 「今、米子の裁判所から連絡が入り、剛を強盗の罪で、米子の拘置所に勾留しました、って!」
 「これ、なんです??」「今から会いに行くって、言ったら、弁護士さんしか会えないって、!!」
 「先生!!!!!」「助けてーーーー!!!」

水野強弁護士/
 「何、!!」
 「わかった!!」「お母さん。直ぐ会いに行ってくるから、私からの連絡を待ちなさい!!」



ー米子の拘置所ー

水野強弁護士/
 「やあ、どうしたんだ・・??」

寺中剛/
 「先生!!」
 「先生・・!!」「僕は何もしていません!!」
 
 
 「信じて、下さい!!」「信じてーー!!」
 
 「先生!!」「早く、早く、ここから出して下さい!!」
 「もう、気が狂いそう!!・・・・・・・・・・・・」

水野強弁護士/
 「寺中君、!! 助けてあげるから・・」
 「落ちついて、よく聞きなさい・・・・・・・・。」
 「君の両手の指は何本ある? ・・10本だね」
 「両足の指は何本ある? ・・10本だね」
 「それに、両目と鼻を足してごらん・・・合計23だね」
 
 「刑訴法では、ひとつの罪の疑いで、身柄を拘束できるのは23日が限度とされているんだ。逮捕で3日、勾留で10日、勾留延長の限度は10日。この23日以内に、検察官は起訴するか否かを決定しなければならないんだ。起訴せず釈放するか、起訴された場合には保釈の申請ができるんだ!!」
 「いいか、わかった??」

 「君をとり調べる捜査官は、いろんなことを君に言うだろう。
  はっきりした目撃証人がいる・・とか。
  素直に白状しなかったら・・ずっと、ここに入れておく・・とか」
 
 「いいか、
  何にも、頼るな!!」
    「私にも・・頼るな!!」

寺中剛/
 「エーー!! そんな、殺生な??!!」

水野強弁護士/
 「よく考えなさい」
 「君と私の間には、このように二重のガラスがある。二重のガラス越しにしか話しはできないんだよ。君が私に会いたいと言えば、私は、いつでも、君に会いにくる」
 「しかし
  私は24時間、いつも君とはおれないんだよ。わかるだろ!!
  君が真実、無実なら、取り調べ官や私に頼ろうと考えるな!!
  人に、頼ろうとすれば、君は、取り調べ官の術中に落ちる!!
  ・・・
  日数だけを信じなさい!! 
      23日という日数だけを信じなさい!!」
 「毎日、1日が経過したら、君のその指1本を・・・噛め!!」
 「手の指を全部噛み終わったら、こんどは足の指を、毎日1本、つねれ!!」
 「・・・・両手、両足を噛み、つねることだけを考えろ・・!!」
 「君が、大阪を遠く離れた米子にひとり、居ることを、私が知っている!!」
 「君の家族や会社の同僚にも、君がここに居ることを私が伝える」
 「君は・・・ひとりでは・・ないんだよ!!」
 「わかるか!!!!」

寺中剛/
  「先生・・??・・!!
   僕は「ひとりではない!!」んですね!!
   いつも、先生が、僕のことを考えていてくれるんですね!!
   先生!!、先生を信じます!! 
   そして、日数だけを信じます、頼ります」
  ・・・・・・・・


蛇足/
 現行刑事訴訟法上、ひとつの嫌疑で、捜査中、身柄を拘束できるのは23日間に限定されている。
 検察官は23日以内に、被疑者を釈放するか、起訴しなければならない。起訴後は、罪証隠滅ないし逃亡をしない等という条件で、保釈金を納付することにより、刑事判決が宣告されるまで、身柄の拘束を解くという制度がある(保釈)。
 密室の拘禁という「人間を異常にさせる空間」に閉じこめられた被疑者に対しては
1 被疑者に、「ひとりではない」と言うことを伝え、信じ、安心させる。
2 取り調べ官や弁護士に、頼ろうとする心を、依頼心を、排除させる。自分 を  守るのは基本は自分であるということを認識させる。
3 23日間という日数の経過のみに頼らせる。
4 ・・・・・・・・・・・・・・
  えん罪から、無実の者を守るために、弁護士が、最初にしなければならないこ  とのように思える。


拘置所後/
 拘置所内で、寺中剛と接見し、熱っぽく寺中剛を励まし力づけた剛腕弁護士水野強は、拘置所から出たとたん、急に肩を落とし、ショボ、ショボと、歩きだした・・・・。
 拘置所内での接見中のたくましい弁護士の姿は、そこには、なかった・・・。
 大阪から、米子へ車で行くには、阪神高速道路空港線、中国自動車道、そして米子自動車道へと乗り継ぐが、その間の中国自動車道。兵庫県警の管轄内には自動速度取締器機オービスが設置されており、弁護士水野強はオービスにかからないように疾走走行したが、オービスの設置されていない田園風景の見通しのよい岡山県警の管轄内で、こともあろうに、赤白のフラッグを羽ばたかれていたのである。

 警察官/
  「少しスピードだし過ぎですよ。ここは、80キロ制限だから、19キロオーバー。」
  「何故、急いでいたの?? そんなに急いで、何処へ行くの・・・??」
  「職業は・・何・・??」
 水野強/
  「・・・・・・・・・・???!!!!??????」
 警察官/
  「黙っていたら、キップ書けないから!! ね! わかるでしょ!!」
  仕事なに!! 言いなさいよ・・・!!
 水野強/
  (ブスっ・・・・・)「・・・・・・・・・・弁護士」
 警察官/
  「エ??!」 
     (プッ!)
  「ああ、そうですか。ご苦労さんです。
  で??、何処に行かれるところだったんでしょうか?」
 水野強/
  (ブスっ・・・・・)
  「・・・・・悪いことしたんだから!! 自分で、拘置所に入りに行きます!!」
  (悲しい・・・・・!!)


後日談/
 「ゴールドカード」を保持していることが自慢であった弁護士水野強の運転免許証は、今もなお「青色」であり、彼は、米子の事件以降、肩を落としながら、「金色、銀色・・・・桃色吐息・・・・」と、歌ともなんとも形容できない言葉を、ぶつぶつと、つぶやきながら、裁判所周辺を歩いているらしい。

(注・・本文中の「ガラス」は実際は「合成樹脂様のもの」であり、また捜査官に関する記述部分はすべてフィクションである。)