「ゼロ金利時代」における「遅延損害金利率」等について
 
             大阪弁護士会所属
               弁護士  五 右 衛 門
 
一 従前の実務
 
  最近まで、不法行為等による損害賠償請求について、一律に民法所定の「年5%」の割合による遅延損害金が付され、また交通事故の場合の逸失利益の算定の際の中間利息金の控除についても「年5%」の割合が使用されてきた。
 
二 裁判例の動き
 
  近時のいわゆるゼロ金利時代を反映して、1記載のように一律に「年5%」という割合を使用して算定するのは、不当であるとの主張がなされはじめ、最近では福岡地裁が「年5%」という割合の一律使用に従わない判決をだした。
 
三 従前実務の考え方
 
   不法行為の損害賠償の方法を定める民法722条は、「民法417条の規定は不法行為による損害賠償にこれを準用する」と規定し、民法417条は「損害賠償は別段の意思表示なきときは、金銭をもってその額を定める」と規定している。
  他方、金銭債務の特則を定める民法419条1項は「金銭を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は法定利率により、これを定める」と規定している(法定利率は年5%、民法404条)。
  従来、このような民法の諸規定等から、不法行為の場合における遅延損害金利率については、前記の金銭債務の場合に使用される法定利率を使用するのが当然と考えられ、現に、実務上もそのように処理されてきた。
 
四 従前実務の根拠とその不当性
 
1 しかしながら、不法行為における損害賠償債務の性質は、本来的には「金銭債務ではない」のである。金銭賠償は、その一態様にしか過ぎない。
  「不法行為の損害賠償については、金銭賠償の方法と現状回復の方法とが考えられる。今日のように、商品の等価交換を基礎とし、金銭的価値を中心として動いている社会においては・・・・金銭賠償が原則となる。しかし、被害者の立場から、それでは満足できない場合もでてくるのであって、それぞれの事例において、具体的に被害者・加害者双方の利害得失を考慮して、必要に応じて現状回復を認めていくべきである」とされている。(加藤一郎 ・不法行為、有斐閣215頁以下)
  現に、名誉毀損の場合を定める民法723条は「他人の名誉を毀損したる者に対しては裁判所は被害者の請求により損害賠償に代え又は損害賠償とともに名誉を回復するに適当な処分を命ずることができる」と定め、これにより謝罪広告の請求等が行われているのである。その他不正競争防止法その他の法律等により、金銭賠償以外の方法等が規定されている。
 
2 以上のように、「本来的には金銭債務とはいえない」不法行為による損害賠償義務に、盲目的に民法419条を適用ないし準用するのは不当である。
  不法行為の制度は、違法行為から生じた損害の補填をさせる制度である。
  最近のように、定期預金の金利ですら、「年1%」に満たない金利の時代に、不法行為の場合において、一律に「年5%」というような利率を使用することは、「生じた損害を補填する」という不法行為制度を逸脱するものであり、被害者に不当な利得を得さしめ、他方、加害者に不当な賠償義務を課する結果となる。
  特に、裁判が長期化したような場合や若年者の死亡事故のような場合には、それが著しく現れる。
 
五 不法行為制度と現状に即した処理方法
 
1 通常損害の場合の利率
 
イ 過去の損害算定について
 
  不法行為時点から損害賠償請求事件の弁論終結時点の間における、通常国民が使用するであろう「定期預金金利の平均値」等の利率を使用するべきである。
  もとより、右の「定期預金金利の平均値の利率の使用を求める者に、主張・立証責任を負わせるべきである。
  特段の主張、立証がない場合には、裁判所は法定利率を使用して差し支えない。
  但し、当事者から、年5%と異なる利率の適用を求める主張がなされている場合において、右主張の当否について、通常一般の国民として「公知」といえる場合には、特段の立証なくしても、公知の事実として、その限度内で、裁判所は採用するべきである。
 
ロ 将来の損害算定について(逸失利益の算定等)
 
  過去の損害算定の場合と異なり、予測の問題であるから、難しい問題で ある。
  過去の場合と異なり、現実の損害等を立証できず、また予測により算定することの合理性にも疑問が残る。この場合には、やはり、民法419条を準用するほかないように思われる。
 
2 特別損害の場合の利率
  被害者の資金運用の実情等から、1記載の方法による利率を使用するのが不当という事情がある場合には、それはいわゆる「特別損害」として、従前の論理に委ねるべきである。
 
六 最高裁平成17年06月14日 第三小法廷判決
 
  最高裁平成17年06月14日第三小法廷判決は将来の逸失利益金額の算定について法定利率による中間利息金控除を肯定した。
  この最高裁判決の射程距離について問題が残る。
  弁論終結時までの過去の分について、どう考えるのかという点である。この最高裁判決の論旨からすれば過去の分には及ばないと考えることが可能であり、本稿のような考え方の採用の途は残っている。
 
                            以   上
 
PS・1
 各地の地裁が、前向きの判決を検討してきていたのに、東京高裁平成13年6月13日判決が、「中間利息控除割合について、民事法定利率5%採用が妥当」と判示した。
PS・2
  最高裁平成17年06月14日 第三小法廷判決
  我が国では実際の金利が近時低い状況にあることや原審のいう実質金利の動向からすれば,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は民事法定利率である年5%より引き下げるべきであるとの主張も理解できないではない。
 しかし,民法404条において民事法定利率が年5%と定められたのは,民法の制定に当たって参考とされたヨーロッパ諸国の一般的な貸付金利や法定利率,我が国の一般的な貸付金利を踏まえ,金銭は,通常の利用方法によれば年5%の利息を生ずべきものと考えられたからである。
 そして,現行法は,将来の請求権を現在価額に換算するに際し,法的安定及び統一的処理が必要とされる場合には,法定利率により中間利息を控除する考え方を採用している。例えば,民事執行法88条2項,破産法99条1項2号(旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)46条5号も同様),民事再生法87条1項1号,2号,会社更生法136条1項1号,2号等は,いずれも将来の請求権を法定利率による中間利息の控除によって現在価額に換算することを規定している。
 損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するについても,法的安定及び統一的処理が必要とされるのであるから,民法は,民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる。
 このように考えることによって,事案ごとに,また,裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ,被害者相互間の公平の確保,損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる。上記の諸点に照らすと,損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならないというべきである。