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「ボクシング理論・試論」 (「対抗言論の理論」補強修正試論)

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第三 判決及び諸論説等

一 東京地裁判決について

1 本判決は、次のように判示している。

「被告乙が、本件フォーラムの電子会議室に本件各発言を書き込んだことは当事者に争いがないところ、これらの発言がいずれも原告に向けられていることは、その内容に照らし明らかである。そして、これらの発言は、いずれも激烈であり、また、原告を必要以上に揶揄したり、極めて侮辱的ともいうべき表現がくり返し用いられるなど、その表現内容は、いずれも原告に対する個人攻撃的な色彩が強く、原告の社会的名誉を低下させるに十分なものというべきである。・・・・本件各発言は、明らかに個人を誹謗中傷する内容であることは明らかであり・・・・これが原告に対する正当な批判ないし思想的な批判ないし論争として是認し得る範囲を逸脱するものといわざるを得ない。・・・・原告に対する名誉毀損発言は、これがフォーラム内で批判されたからといってその発言内容そのものの違法性が減殺されるものではないし、本件フォーラムの特色が自由な議論にあり本件各発言に反論を行い得ることをもってその違法性に消長を来すものとはいえない。・・・また、本件各発言によって名誉毀損による不法行為は成立しない旨の、被告乙・・のその余の主張についても、採用することができない」・・・・と。

2 1記載のとおり、判決の論旨は「本件各発言は・・原告の名誉を低下させるに十分・・・原告に対する正当な批判ないし思想的な批判ないし論争として是認し得る範囲を逸脱するもの」である旨認定し、「被告乙の・・不法行為は成立しない旨の主張は採用しない」旨判示しているのであり、本件各発言については、裁判所からすれば、「対抗言論の理論」や「フォーラムという場の論理」というような範疇を超えた事案であるとの認定をしているものと推測される。

3 なお、本件判決が「原告に対する名誉毀損発言は、これがフォーラム内で批判されたからといってその発言内容そのものの違法性が減殺されるものではないし、本件フォーラムの特色が自由な議論にあり本件各発言に反論を行い得ることをもってその違法性に消長を来すものとはいえない」旨判示していることから、右判示を文字どおり読めば、本判決は「対抗言論の理論」や「フォーラムという場の論理」をすべて明白に否定している理解される。

東京大学社会情報研究所・山口いつ子氏は「パソコン通信における名誉毀損」法律時報69巻9号において、本判決について右のような趣旨に理解しながら、「パソコン通信の世界で、とくに誰でも書き込みができるフォーラムは、理論的には、規制ではなく対抗言論による害悪の除去を考えうるスペースである。現実には必ずしもそれが機能しえない場合があるとしても、その実験場としては好個の場に見える。こうした一般的な可能性だけを理由に、名誉毀損発言をまったく放置することには問題があるにしても、本判決のように端的にそうした余地を排除することは、従来よりなされてきた反論権の有効性をめぐる議論に影響をもたらすことも考えられる」と評釈している。

4 しかしながら、現実の紛争解決機関としての裁判所の判決を理解するについては、当該「判決の論理過程に不可欠な判断事項」のみに意味を見いだすべきとの考え方を採用し、本件判決の認定した事実や評価を前提とすれば、「対抗言論の理論」や「フォーラムという場の論理」は本件判決にとって「論理過程に不可欠な判断事項」ではないと考えれば、本件判決については、「対抗言論の理論やフォーラムという場の論理」を否定した判決と評価するのは早計に過ぎるものと思われる。

5 本判決が認定した「名誉毀損発言等の事実」が正当であると前提した場合、筆者の感想は本件判決と同様である。「本件被告の発言は、いずれも激烈であり、また、原告を必要以上に揶揄したり、極めて侮辱的ともいうべき表現がくり返し用い、その表現内容は、いずれも原告に対する個人攻撃的な色彩が強く、原告の社会的名誉を低下させるに十分なものというべきであり、本件各発言は、明らかに個人を誹謗中傷する内容であることは明らかである。これが原告に対する正当な批判ないし思想的な批判ないし論争として是認し得る範囲を逸脱するものといわざるを得ない」。

本件被告が在日韓国人であり、原告が被告の右事実に関して「在日韓国人にしか理解できない苦痛の発言」をした可能性もある。被告の「ここまでなめられては報復戦争です。おまえのこの一言で他人に殺意を残したことは忘れないように」というような裁判所が認定した事実をも勘案し、本件各発言を検討すれば、本件は「対抗言論の理論」とか「フォーラムの場の理論」というものが介入する余地もない事案であるとの評価も可能であると考えられる。

本件判決をして「対抗言論の理論」ないし「フォーラムの場という理論」を否定した判決と評価するのは、「対抗言論の理論」ないし「フォーラムの場という理論」の正当な論議の障碍になるとさえ感じるものである。本件判決は、本レポート等の主題を提供してくれたものとの理解が正当であると考える。

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