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「ボクシング理論・試論」 (「対抗言論の理論」補強修正試論)

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第四 ボクシング理論・試論

一 事実認識等

1 「違法性」とは、日本国憲法以下の「実質的に全体としての法秩序に違反することをいう」とされている(団藤重光・刑法綱要・創文社131頁以下)。違法性という観点から行為を評価する場合、「違法」か「否か」しか存在しないものと言える。

刑法との関係で「刑法に、抵触するか否か」、「民法との関係で、適法か否か」という論議はできても、ある行為について「刑法上違法であるか否か」とか「民法上違法であるか否か」というような議論は不適切な表現かもしれない。

違法な行為は、刑法上、民法上という限定をつけられず、違法である。しかしながら、違法とされる各行為について、刑法、民法ないしその他の法令により付与ないし与えられる効果、効力ないし刑罰権の範囲、程度が異なるのである。

2 現行刑法及び民法には、いずれも「急迫不正の侵害に対する正当防衛ないし緊急避難の権利」が明記されている(刑法36条・同法37条、民法720条)。しかしながら、刑法の場合には明記されている過剰防衛、過剰避難による刑の減軽ないし免除の規定(刑法36条2項ないし37条1項但書)に相当する条文が民事法である民法には規定されていない。

生命、身体に対する急迫不正の侵害に対しては、その生命、身体を動物的、本能的に守ろうとする人間の行動に対しては「法は無力である」ことを自認しているのかもしれない。

他方、生命、身体に対する危険ではない「財産権」そして「名誉」といった法益侵害に対しては、法は元来冷たいものであり、このような法益に対する「急迫不正の侵害」に対する「過剰防衛」というようなこと自体を否定していたののかもしれない。失われた財産や名誉等は、事後的にでも回復可能であると・・・・(もちろん、今日、民事法においても明文はないものの過剰防衛という理論は認められている。不法行為等・加藤一郎他・有斐閣136頁以下)。

3 しかしながら、今日、インターネットやパソコン通信の発達は、立法者の想像をはるかに越えた世界を形成しているのである。

このような世界においては、何千そして何万人という見も知らぬ不特定多数の人々の中で、交信し、議論するという中に、たたずむことを余儀なくされているというのが現在の状況である。

そのような世界での議論の場においては、議論が白熱し、自己の主張、思想等が批判ないし非難されそうな状況となれば、その場で反論、反駁しなければ、もう反論、反駁する機会を逸してしまうというような状況を作出している。「事後的にでも名誉を回復し得る」というようなことは非現実的な状況となってきている。このような世界においては、例えば、自己の「名誉」を侵害せんとする行為は、「侵害されそうである」との被害者意識を持った人にとっては、まさに「急迫不正の侵害」となる。今、反論反駁しなければ、自己の思想や名誉は侵害されたままの状態に陥る。このような認識と危機感が、必要以上の白熱した議論から、場合により、相手の人格をも否定するような不穏当、名誉毀損的発言をうむこととなるのである。

さらに、他方で、インターネットやパソコン通信というような特殊な「場」においては、前記とは「全く矛盾した心理」をはぐくむのである。何千そして何万人という見も知らぬ不特定多数の人々の中で、交信し、議論しているにもかかわらず、即ち「公然」という場で議論しており、その不穏当な発言は、場合により、刑事、民事法上違法との評価を受けうる状況下にあるにもかかわらず、発言者は「ひたすら相手方の自己に対する言論攻撃とそれに対する反論、反撃言論のみを主として眼中に置き、「不特定多数の面前で」即ち「公然」という状況の中で、議論していることを失念し易いのである。一時的な錯覚に陥り易いのである。換言すれば、名誉毀損的な過剰防衛的な発言をする侵害者に、違法性の意識が欠落ないし希薄になり易いという特殊な状況が作出され易いのである。

二 名誉を守るために、まさに「対抗言論」が要求され、また、その「場」という特殊性が「名誉毀損的発言や侮辱的発言」をも生みだし易くしているのである。

インターネットやパソコン通信という「場」における議論や名誉毀損的ないし侮辱的発言を生む土壌として、このような言論世界の変質や特殊性を考慮に入れる必要がある。

インターネットやパソコン通信の「場」における議論においては、立法者が予定しなかった「名誉等個人的人格」に対する「急迫不正の侵害」が現実に想定されてきているのであり、従って、また、これらの「急迫不正な侵害」に対する過剰防衛と評価されるような行動、言論が現れてきているものと評価すべきである。

さらには、場合によるものの、侵害者に違法性の意識が希薄ないし欠落している場合もあるのである。それは、決して侵害行為者の反規範的な人格態度の現れと評価すべきものではなく、インターネットやパソコン通信の「場」というものの特殊性と人間がうみだしてきているものである。

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